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原爆忌。

 若いころ、とある都会で働いていた時、特にお付き合いをしていた女性ではないが、「親が広島の人と結婚したらいけない」と言っていると・・・・・・。
 私が差別らしき言葉を聞いたのは、そのたった一度だけだったが、被爆した人たちの中にはずいぶんとつらい思いをした方もいるでしょう・・・・・・・、そう今日は8月6日。

 長姉は出汐町にあった《被服廠》で被爆、次姉は《逓信局》で被爆した。
幸いなことに、ふたりとも屋内での被爆で、目立った外傷はなかったものの、上司に連れられて広島駅の西北にある《にぎつ神社》に行って、家には帰れないままたくさんの被爆者の手当に当たったとのこと。

 二人の娘が帰ってこないので、翌日父親と母親は広島市内を探し歩き、噂で市中央部からたくさん避難していると聞いた、にぎつ神社で再会を果たしたそうだ。

 母は、住んでいた街の病院や学校に逃れてきた負傷者の看護のため、何日間かは通ったそうだ(原爆投下地点から直線で10数キロ離れた町でも、西向きのガラスは吹っ飛んで、すぐ上の姉はガラスで怪我をしたとか)。

 屋内被爆の姉二人は、外見は普通の感じだったが、ふたりとも60歳になるのを待っていたかのように、相次いで亡くなった。
 私と同じように山野草栽培や俳句などの趣味を楽しんでいたが、長姉は膵臓の裏側にできた腫瘍、次姉は最初は眼球の裏に出来た腫瘍が眼球を押し、結局片目を摘出、次に心臓の裏の腫瘍が大きくなり、心臓を圧迫する状態で亡くなった。

 もう少し、せめて私の年くらいまでは、趣味を楽しみたかったろうに・・・・。


 3年前、関東から帰省した娘に促されて、8月6日の平和祈念式典の日にお参りに行ったときの写真。



 その時に知ったのだが、被爆死亡者名簿には届け出が必要だとか・・・・・。
被爆者手帳を返納したら、イコール亡くなったということだから、記載していけば間違いがなかろうに・・・・・、やはりお役所は固い。

 今朝、8時15分から愛犬ぷりんとカミさんと一分間の黙祷を捧げました。




 そう言えば、テレビ画面でたくさんの《折り鶴》を捧げているのが放送された。
ずいぶん前には、心無い人間に火を着けられたりして、今ではちゃんと囲いがされている。

 この折り鶴、たくさんあってどうなるのだろう・・・・・?と思っていましたが、何年か前に名刺交換をさせていただいた、《中国新聞社》の社主兼代表取締役会長と、代表取締役社長さんの名刺には、「この名刺は世界中から広島市に寄せられた折り鶴から再生されています」と書かれ、折り鶴の色紙の痕跡がある素晴らしい名刺になっていました。

















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2018/08/06 14:36 | 未選択

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