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秋ですねぇ Part 2

 2018年8月13日、浜田自動車道の瑞穂インターを下りた所、空を見上げると電線にたくさんのツバメがとまっている。
 ヒマにまかせて数を数えてみたら、112~3羽並んでいる。
そろそろ南の国に帰る準備だろうか?

 まだまだ人間界ではクーラーが欠かせない日々が続いているが、自然界では着実に《秋》の足音が聞こえているのでしょう。



(ずらりと並んだツバメさんたち)

 261号線を走り、川本から石見銀山あたりを抜けて、大田市仁摩町馬路の琴ヶ浜へ。
《鳴り砂》で知られる琴ヶ浜、浜の中央辺りに盆踊りのやぐらがしつらえられている。





 雰囲気のよい《チーナカ豆》さん、盆踊りに合わせて20時からの開店。
たくさんのお客が待っていて、番号札(浜に流れ着いたアワビの殻)がすぐに10数番まで。



 盆踊り開始時間の20時30分を過ぎると、何人かが輪になって踊り始めた。
海辺での盆踊りとは、なかなか風情がある。
太鼓の音は夜遅くまで鳴り響いていました。

 そうそう、ここから見る星空は広島市内で見るのとは大違い、流れ星もたくさん見られました。


 さて翌日・・・・・・・・・。

 

 キレイな砂浜でのキス釣りですが暑かったです・・・・・・・。

 帰りは、江津東インターから、そのまま浜田自動車道を走り、途中寒曳山SAで昼食を。

 ここには、近くの新庄高校出身の選手の高校生時代のサインが飾られている。




 そう言えば、先日大きなスイカをもらいました。



 愛犬ぷりんと比べてもこの大きさ!














 

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2018/08/14 18:08 | 未選択
秋ですねぇ・・・・・。

 2018年の立秋は8月7日とのこと。
多少夜中は涼しくなったものの、暑くて暑くてとても秋とは思えない・・・・・、と思っていましたが、ついさっき(8月12日17時)に、今年初めてツクツクボーシの声を聞きました。
 これまで、アブラゼミやクマゼミの声ばかりでしたが、やはり自然界は秋なんでしょうね・・・。

 今日は、江田島にある母方のお墓掃除に行ってきました。
母は弟と二人姉弟でしたが、以前俵山温泉(ディープな話)のお話で書きました通り、太平洋戦争で戦死をしてしまい、お墓を守る人がいないので、私が年末とお盆にお墓掃除に行っています。

 このお墓には「涼しくなる話(守護霊)でも書きましたが、深い深い事情があるのです。

  検索欄に《ディープな話》《守護霊》と入れると、そのときのブログが出てきます。

 母から聞いた祖母の話で、ゆで卵を上げるととても喜んでいたと聞いていたので、前日の夜卵を二つ茹でて、飴玉と一緒にお供えしました。

 一時間弱でお掃除とお参りを済ませ、釣り場へと向かいました。
あまりにも暑いので、ビーチパラソルを立てて日影に入っては引き釣りをしました。



 そう言えばずいぶん昔、山陰での釣りでビーチパラソルを立てて釣りをしていたら、地元の方がやってきて「ビアガーデンでも出来たかと思った」と・・・・・。

 暑い中、3時間ほど頑張ったが、キスは20㌢が最長で12匹、クラカケトラギス(リリース)が4匹、チャリコ(リリース)22㌢が1匹、夏ガレイ(リリース)19㌢が1匹でした。



 夏ガレイの19㌢、30センチになって会うのを約束して?リリースしました。


 《弱肉強食》

 防波堤の上には、赤手ガニの殻が散らばって、犯人(犯鳥)とおぼしき羽毛がひらひら風に揺れていました。
 自然界は厳しいものですね・・・・・・。




  山陰のキスは《西高東低》状態なのか・・・・・・。
土田で釣ったチャッピーさん、前回より一回り大きいキスの入れ食いに合い、うっかりすると二つエサを食われる面白さを味わったそうで、そろそろ落ちの入り口に・・・・?

 江津で釣ったH田さん、あまりよくなかったようで、石見海岸東部の落ちはまだのようですね。



















2018/08/12 17:42 | 未選択
久々の険路走り!

 今日は、広島の県北にあるカミさんの里のお墓掃除に行ってきた。
いつも一緒に行動していた愛犬ぷりんは、道中耐えきれないので、娘にお守りをしてもらって日帰りで。

 これまでは、愛犬ぷりんも一緒なので、田舎に一泊して浜田へキス釣りに行っていたのだが・・・・・emoji

 せっかくここまで来たのなら・・・・・と島根県浜田市波佐にある《明治屋》さんの鯖寿司を予約。



 予約していないと昼前には売り切れになる鯖寿司。

 地図下面の緑●が、カミさんの姉の家、上部の赤●が明治屋さん。



 せっかくだからと、緑の矢印のとおり遠回りして帰ることに。

 地図だと、黄色い線が入った道路でなんてことなさそうな道ですが、これがなかなか・・・・。

 途中、こんなところにも行ってみました。 




 最近、愛犬ぷりんのお守りであまり出かけることもなく、大好きな狭い道、悪路を走っていないのでなんだかウキウキ・・・・。



  道路脇の草やぶに咲いていた《フシグロセンノウ

このように大好きな山野草を見ることができるのも、山道走りの楽しみ!!


 家に帰ってみると、愛犬ぷりんはおねえちゃんといい子をしてお留守番をしていました。

 今回も、連続写真を・・・・・・。



(呼んだ?)



(う・ぅ・・・・・・・・)



(ZZZZZZZZZ・・・・・・・)












2018/08/08 19:42 | 未選択
レジャーフィッシング9月号公表発売中!!!

 殺人的猛暑で、名古屋の友人はここ数日間、早朝の散歩も控えているとのこと。
インドアでの楽しみは読書。

 《レジャーフィッシング9月号》すみからすみまでずずーっと読み倒しましょう!



 特集は《岸からルアーで楽々キャッチ タコゲーム》

 そう言えば、先日の豪雨のあとのお話。
お父さまの生業のタコ壺漁、お父さまの代わりに休日漁師をしている友人のN原さんからのメール。
 「海はタコだらけ、ゴミだらけ!不思議なものですね」と。
タコも、急激な雨水が海に入ってきて、不安になって隠れるところを探して、タコ壺に入ったのかも知れませんね。

 お話は変わって、昨日夜のNHKのTV番組で、《原爆スラムと呼ばれて》という、広島の川沿いに建てられていたバラック住宅の放映があった。



(広島の川沿いにびっしりと建てられていたバラック住宅)

 私の子供のころには、テレビで紹介された基町辺りだけではなく、広島駅前あたりの川沿いにも、京都の夏の風物詩《川床》ではありませんが、川の上に張り出してたくさんのバラック住宅がひしめいていた。


 今は、呉方面からまっすぐ駅に行く道があるが、私が小さかったころは左折して猿猴橋方面に行き、猿猴橋の手前を右折して広島駅に行っていた。
 道路沿いには屋台が並んでいて、映画館もあり、姉がやっていた屋台にいつも遊びに行っては、映画館にタダで観に行っていた。
 お気に入りは嵐寛寿郎と長谷川一夫emoji

 中学生になると、友人宅の家業《ロマンスボート》に泊まり込みで入り浸っていた。
ボートの親船には何部屋かの貸し部屋があり、背中に彫り物を入れた、広島でも有名な《組》のお兄ちゃんが住んでいた。
 そのころ、うろ覚えだが拳銃のようなものを見たような気がする・・・・・・。

 駅前大橋南詰には、バラック建ての焼きそば屋さんがあり、大きな鉄板でジュージュー山盛りの焼きそばを焼いていた。
 鉄板上に余った焼きそばは、おばちゃんの足元に開けられた穴から直接川に・・・・・。
ウグイがたくさん集まって「パクパク」やっていたのが印象的。

 高校生になると、駅前百貨店の西側にあった喫茶《東園》に入り浸り、バーテンさんに憧れて関西のとある都会でバーテン生活が始まったのです。

 
















  


2018/08/07 18:24 | 未選択
原爆忌。

 若いころ、とある都会で働いていた時、特にお付き合いをしていた女性ではないが、「親が広島の人と結婚したらいけない」と言っていると・・・・・・。
 私が差別らしき言葉を聞いたのは、そのたった一度だけだったが、被爆した人たちの中にはずいぶんとつらい思いをした方もいるでしょう・・・・・・・、そう今日は8月6日。

 長姉は出汐町にあった《被服廠》で被爆、次姉は《逓信局》で被爆した。
幸いなことに、ふたりとも屋内での被爆で、目立った外傷はなかったものの、上司に連れられて広島駅の西北にある《にぎつ神社》に行って、家には帰れないままたくさんの被爆者の手当に当たったとのこと。

 二人の娘が帰ってこないので、翌日父親と母親は広島市内を探し歩き、噂で市中央部からたくさん避難していると聞いた、にぎつ神社で再会を果たしたそうだ。

 母は、住んでいた街の病院や学校に逃れてきた負傷者の看護のため、何日間かは通ったそうだ(原爆投下地点から直線で10数キロ離れた町でも、西向きのガラスは吹っ飛んで、すぐ上の姉はガラスで怪我をしたとか)。

 屋内被爆の姉二人は、外見は普通の感じだったが、ふたりとも60歳になるのを待っていたかのように、相次いで亡くなった。
 私と同じように山野草栽培や俳句などの趣味を楽しんでいたが、長姉は膵臓の裏側にできた腫瘍、次姉は最初は眼球の裏に出来た腫瘍が眼球を押し、結局片目を摘出、次に心臓の裏の腫瘍が大きくなり、心臓を圧迫する状態で亡くなった。

 もう少し、せめて私の年くらいまでは、趣味を楽しみたかったろうに・・・・。


 3年前、関東から帰省した娘に促されて、8月6日の平和祈念式典の日にお参りに行ったときの写真。



 その時に知ったのだが、被爆死亡者名簿には届け出が必要だとか・・・・・。
被爆者手帳を返納したら、イコール亡くなったということだから、記載していけば間違いがなかろうに・・・・・、やはりお役所は固い。

 今朝、8時15分から愛犬ぷりんとカミさんと一分間の黙祷を捧げました。




 そう言えば、テレビ画面でたくさんの《折り鶴》を捧げているのが放送された。
ずいぶん前には、心無い人間に火を着けられたりして、今ではちゃんと囲いがされている。

 この折り鶴、たくさんあってどうなるのだろう・・・・・?と思っていましたが、何年か前に名刺交換をさせていただいた、《中国新聞社》の社主兼代表取締役会長と、代表取締役社長さんの名刺には、「この名刺は世界中から広島市に寄せられた折り鶴から再生されています」と書かれ、折り鶴の色紙の痕跡がある素晴らしい名刺になっていました。


















2018/08/06 14:36 | 未選択

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