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危ない危ない
明日から28日まで、山口県長門市の俵山温泉での湯治のため、旅館を予約した。

 ちょっと気がかりだったのは、全日本サーフキャスティング連盟会報《投げ釣り》の校正作業がそろそろだったよな・・・・・・ということ。

 前回は、四国遍路の最終章を歩き終えた、まさにその日に校正分が届いていたのだが。
予感的中emojiemojiemoji今日の15時45分、「ピンポーンemoji」で、校正原稿が到着。
中には「27日ころには返却をお願いします」とのメモ書きがemoji

 もう一日遅れていたら間に合わず、かみさんが気にして気にして、普段から高い血圧をさらに上げて「おとうさん!どうするん!!!!!!!!!!!!!!!!!」と電話してくるところだったemoji

 明日から当分雨続き、宿と温泉の行き帰り以外は何もできそうもない。
たっぷりとある時間、宿でしっかりと校正作業をして、長門市か萩市から校正原稿を送り返そう・・・・・・。


(こんな小さな字を毎回校正している、お陰でボケる暇がないのかも)


(愛犬ぷりんも、二度行ったことのある俵山温泉・・・楽しみだ)











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2024/03/23 19:38 | 未選択
湯治場へ♨
二週間おきのレントゲン検査、経過は順調でかなりくっついてはいます。
が、病院は経過観察だけで治療もありません。
 やはり、かばってしまうので無理があるのか?坐骨神経痛や関節に違和感があるので、しばらくの間湯治場に行くことにしました。

 坐骨神経痛と言えば、鹿児島の川内高城温泉効果があったように思うのだが、車で7時間強掛かってしまう。

 
 (鹿児島の川内高城温泉)

 キス釣り時季とか、大好きなカノコユリの咲く時季なら、少々無理をしてでも走るのだがどちらもシーズンオフ・
 ということで、山口県長門市の俵山温泉に行くことに。


(長門市俵山温泉の案内地図)

 これまで5~6回、愛犬ぷりんや家族と泊まった宿は満室とのことで、古い地図を頼りにあちこち電話を入れたが、廃業した宿もかなり・・・・・

    
    (愛犬ぷりんと泊まったやどは、便利な場所だったのだが)

 やっと5日間の予約が取れたので、日曜日から連泊することに。
帰り道、かみさんの田舎に寄ってフキノトウを採取するのもスケジュールに入っているemoji
新ワカメとフキノトウの天ぷらが楽しみemojiemoji

 いよいよ花見ガレイも春ギスも楽しみな季節emojiemoji




 











2024/03/22 20:23 | 未選択
ダイワキスマスターズ2024申し込み始まる!!!
今年も、楽しみな《ダイワキスマスターズ》の受付が、本日18時より開始されました!!!!!!
 複数会場もう鋳込みもOKとのこと、奮ってご参加くださいemoji

大会・イベント情報/広域で開催される大会へのエントリーや結果報告を公開





























2024/03/08 07:39 | 未選択
ツキノワグマ!!!!!!
《三千世界の 鴉を殺し 主と朝寝(添い寝)がしてみたい》
幕末の風雲児、高杉晋作が謡った都々逸とも言われる。
全宇宙の鴉を殺すなんて穏やかではないが、これはあくまで都々逸の世界。

 穏やかではないと言えば、2月9日付けの中国新聞に《クマ春にも指定管理鳥獣に》との見出しで、次のような記事が出ていた。



 主な理由は、近年特に2023年に過去最大な人的被害をもたらしたこと、生息数が増えている(だろう)ということ。
これによって、捕獲(殺す)を国が支援する《指定管理鳥獣》に。

 これまでは、里に出てきて人に危害を加えた場合、駆除という名目で殺されていたが、今後は言葉を変えれば穏やかに暮らしている、山奥での殺戮でも国が交付金を出すということに。

 この残酷な支援策、いつまで続けるのだろうか?
被害者が今の半分になったら?
被害者がゼロになるまで?
クマが絶滅に瀕するまで?

 絶滅の危険が高い四国は除くそうだが、仮の話四国での被害者が本州の倍になっても保護すると言うのか?
人は万物の長だと思いあがっているのでは環境省よ、人間たちよ!!!!!

 かみさんは、西中国山地のど真ん中で生まれ育った。
そのど真ん中で、今よりも数倍の人口があった子供時代、実際にクマに遭遇したという人はたった一人しか知らなかったと。

 過疎が進み、里山から人がいなくなって、耕作放棄された土地の柿や栗、それを食べたくて里に下りてきて、おまけには地図も読めない俄か登山家など、あまりクマの生態を知らなくなった人間たちと遭遇す不幸・・・・・。

    

 ツキノワグマが、自分の意思でもって人を襲ってやろう!などとは100%思ってはいない。
 彼ら彼女らが生きている間に考えていることは、繁殖期の一時期を除くとほぼ100%毎日《食べる》と言う行為だけを目的に生きている。
そこでたまたま人間に遭遇し、《危険回避》のために攻撃ではなく反撃しているだけです。

 地球生物誕生の遥かはるか昔から、クマさんは山奥に人間は川沿い、海沿いにと住み分けてきた。
クマさんのテリトリーに入らせてもらうには、人間どもはそれなりの礼節を尽くして入るべき。
「入らせていただきますよ」と、しっかりクマさんに知らせて山に入る。


(会社先輩のワサビ谷には、あちこちにクマさんに音で知らせる缶がぶら下がっている)

 私は長い間、西中国山地の源流釣りや山菜採り、キノコ採り、山野草観察などをしているが、かなり離れた谷の向こう斜面を、私に驚いてバギ!バギ!と踏み鳴らしながら逃げて行ったクマさんと遭遇しただけ。

 私のクマ対処法は。

➊なだらかな場所では、クマは人間の何倍も何十倍も鼻が利くし、耳もいいので、私が気づく前に相手が気づきます。

❷進行方向追い風の場合は、私の匂いが私より早く前方に届くからクマが察知しますが、向かい風の場合は、風上のクマに私の匂いが届かないので、大きな物音を立てながらゆっくりと進みます。

❸水音の高い渓流添いや、向こうが見えない尾根や大きく曲がった道などでは、尾根の向こうへなど音が届きにくいので、手にした打ち鎌などで、石や樹木を叩き打音を出しながらゆっくりと 
歩く。

 2月19日の中国新聞に「クマの行動を知ること第一歩」と、クマの接近どう避けるとのシンポジュームのことが。
 街に出てきた場合は可哀そうだが駆除も仕方ないが、こちらがクマのテリトリーに入って行って、「いたら殺す!」の短絡な解決法は止めてほしい!!!!!!!!!!!!!!!!!




























2024/02/27 19:30 | 未選択
1950年代前半広島から東京へ。
先日、次女に会いに東京に行った長女、「東京はいいなぁ、なんでも揃う」と。

 私が初めて東京に行ったのは小学2年か3年の時、母親に連れられ大船にお住いの某有名会社の役員を訪ねて・・・・・・。

 広島湾に浮かぶ島出身の母親が、それこそ生まれては初めての東京へ!!!!!!私を連れて本当によく行ったものだと思う。

 関東でも高級住宅地として知られる《大船》の豪邸、子供心に今でもくっきりと目に焼き付いている。
 母が、なんの目的で10数時間かけて、東京まで行ったのかは母がいない今ではまったく分からないまま・・・・・・・。
(推察できるのは、その方が某大企業広島工場長時代に、気風の良さで気に入ってくだっさっていた父親がらみであったのは間違いない)

 東京の高島屋デパートで、当時は珍しかった学生服を買ってもらったり、絵葉書などいろんな土産を持って広島へ。
 学校では、現在の海外旅行帰りよりもうんと珍しかったこともあり、先生が黒板に絵葉書などを貼り付けて、クラス全員の前で東京話をしたほど・・・・・・。

 その時の汽車。自分の記憶では急行《安芸》だったように思うが、今ネットで見てみると急行安芸は下関~大阪間だったとか・・・・・?

急行安芸号C62

 じゃぁ、「あさかぜ」だったのかな?とも思うが、確かな記憶はない・・・・・。
少なくとも、当時15~16時間?掛かって東京に行ったのは間違いないのだが。

 青春時代の1960年代後半に、関西から乗って7時間とちょっと掛かって帰省していたのは、呉線回りの準急《ななうら》だったのははっきりと覚えているがemoji

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2024/02/24 20:01 | 未選択

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