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だんだん
 10月の末、出雲大社・日御碕・美保関・境港と一泊二日の家族旅行で廻って来た。
 そこで目に付いたのが『だんだん』という言葉・・・・、出雲地方の言葉で「ありがとう」という意味らしい・・・。

 今朝、遅めの起床で階下に降りて居間のテレビを観てみると、NHKの朝の連ドラ『だんだん』をやっていた。
 私は、この連続ドラマなるものをじっくり観た事はない。
『おはなはん』の舞台となった愛媛県の大洲市を、釣行の折りに通るたびに、「ここがその舞台なんだな・・・」くらいに考えるのが関の山だった。

 ずいぶん昔、鴨谷計幸師がお元気なころのお話。えのみやサーフ現会長の大田氏と、広島サーフ現会長の阪本氏と3人が、鴨谷師のお供で南九州を釣り歩いたことがある。
 その折りの主たる目的は二つ。
 一つは鹿児島在住の方から「錦江湾で青ギスらしきモノが釣れた」との情報があり、この目で確かめたい・・・・、ということ。
 二つめは、鴨谷師が新しく購入された当時としては珍しい、ディーゼルワゴン車の○○○エースがどの位の燃費で走るか?だった。
 そのついでに、志布志湾や錦江湾、加世田市や長島など釣り廻って、あわよくば尺ギスを釣りたいという下心を持って出発・・・・。

 鴨谷師宅を午後8時頃に出発、高速道路をひた走り熊本県の八代インターで下り、球磨川沿いを人吉に向かい、そこから加久藤トンネルを抜け、また高速道をハンドルを交代で握りながらノンストップで走る。(当時から早寝早起きの私は、いつも下関あたりから寝て、熊本を過ぎた辺りで目覚めるので、一番眠い早朝の当番が多かった)
 えびの高原のサービスエリアで全員起きて洗顔や歯磨きを済ませる。
 そこから都城を抜け志布志経由で、大ギスで名高い内之浦へと気は焦る。大ギスは朝まずめがねらい目というのは周知の事実。
 その時とつぜん鴨谷師が言った、「志布志駅に寄ってみよう」と。
「えぇ~、何でぇ?」と3人。
 師のたまわく「駅前に行けば喫茶店があるはず、朝のコーヒーでも飲んで行こう」
「えぇ~!ここまで来てコーヒー?飲まずに内之浦に行きましょうよ!」
 「いや焦らんでもええ!」
 かくして、一行は仕方なく師の言葉に従って志布志駅前の喫茶店を探して入店。

 ここで、重大な事実が判明!!
 師は、毎日観ている朝の連ドラを観るために、喫茶店を探したらしい・・・・。

 今では笑い話となってしまったが、まだ生臭く大物釣りにガツガツしていた私達にはかなり憤慨モノだった事件です。
 その件がトラウマになったわけではあるまいが、いまだに私は冒頭書いたように連ドラ拒否症候群になっているのかも・・・・。


 主目的の青ギスは、釣った人には会えず確かめるすべはなかったが、どうやらシロギスの青みがかったものだったと思われる。
 燃費の方は、広島→八代→人吉→えびの→小林→志布志→内之浦→垂水→桜島→鹿児島→加世田→串木野と廻り、やっと川内市(現在は薩摩川内市)で給油した。
 その燃費の良さに舌を巻いたものだ。

 この鴨谷師の愛車、デビューにこうして付き合い・・・、数年後岡山の渓流解禁の帰り、冷却水不足でオーバーヒートでしばらく立ち往生に立ち会い、(ふたりとも詳しくなく、あわてて冷たい水を注入、プロドライバーさんに「急に水を入れてはダメだよ!エンジンをかけたまましばらく置いて、それから水を入れなければ・・・」とアドバイスいただいたが、その後調子が悪くなってしまった)。
 その後、全日本クラブ対抗キスで鳥取に駆けつける途中、「岡山県の津山市でついにエンコしてしまった」との報を鳥取で聞きと、全ての出来事に付き合った車だった。
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2008/12/20 21:25 | 遠征のお話・思い出

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