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カワハギ狙いの予定でしたが・・
 昨日は、マイナス潮とまではいきませんが、広島湾で潮位が4ということで、かなり潮が引くので早めに家を出て磯歩きをし、その後江田島の沖美海岸でカワハギを投げで狙う予定でした。

 しかし、細めのホンムシが無いと言うことで、この寒いのに磯歩きだけする気にもならず計画は取りやめ、ZZZ・・・と朝7時30分過ぎまで寝てしまいました。

 その沖美海岸で、私が投げで27~28.2㌢を釣ったのは11月5日のこと、いくら瀬戸内海温暖化が進んだとは言え、1月2月の厳寒期にはさすがにムリなのではないかな?と考えたりもしている。

 ただ、カレイがあまり釣れないこの時期、以前ならアイナメねらいをやっていたのだが、肝心なアイナメが少なくなった今、釣りモノには苦労します。
 そこで、先日のイシモチやカワハギに着目した次第です。

 越冬ギスのお話も耳にしますが、こちらも瀬戸内海温暖化のせいなのか、まだおなかに白い脂肪があまり付いていなくて、本当に越冬ギスなのかそれともまだある意味落ち状況なのか考えさせられます。

 瀬戸内海の投げ釣り、形態的に考え直す時期にきているのかな・・・?と思うこともあります。

 さて、先日のクイズですが、下の写真「国道191号線を広島から島根県益田市に向かって走っていると、笹倉トンネルというのがあります。その右上壁面に描かれているふたりの人物像は誰と誰?」というのが、1月25日のブログの質問でしたね。


 島根県在住の知人から、メールで早々と正解が届きました。
 まず右手の官衣束帯の人物は、歌聖と呼ばれた柿本人麻呂です。柿本人麻呂は益田市西部の戸田というところに生まれたと言われ、その地には戸田柿本神社があります。
 柿本朝臣人麻呂、石見の国に在りて臨死(みまか)らむとする時、自ら傷みて作る歌一首
『鴨山の 磐根しまける 我をかも 知らにと妹が 待ちつつあらむ』
 その終焉の地が益田市沖にあったとされる鴨島説と、島根県邑智郡の湯抱説など数説がある。

 左側の僧形の人物は、画聖と称えられた雪舟です。
 岡山県で生まれお寺で修行していた時、和尚さんに柱に縛り付けられた時に、涙で鼠を描きそれがまるで生きているように見えたと言う逸話は有名。
 戦乱の京都を避け、西の京と呼ばれた大内氏が治める山口に来て、益田にも遊び画だけではなく造園にもすぐれ、益田の万福寺や医光寺の庭園が有名。
 
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2009/01/29 20:35 | 未選択

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