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下甑島へ。

 上甑へは去年も来ていますが、下甑島へは3年振りとなります。
おととし、去年は《甑島キス釣り大会》が開催されていました。
 賞金などが掛かった大会は私は好きではないし、大会に参加せずに行くだけ行こうかな・・・・・・とも考えましたが、「小池勝も下甑島で参加してたよ」と思われても不本意なため【李下に冠を正さず】で、下甑島へ渡るのはあきらめて上甑島だけに2泊して帰っていたのです。



 (高速船 甑島から見る里港風景、赤い乗船口の左に小さく見えるのは、見送りの横断幕を持った柴田美咲さんたち)

 約45分の船旅で、下甑島の長浜港へ到着。
港へは、予約をしていた民宿《道》のご主人が車で迎えに来てくださっていました。

 さっそく軽トラックを借りて下甑島内巡りへと出かける。
1985年、鴨谷計幸師と初めて訪れて以来、10回近い甑島来島になるが、年齢のことやいろいろ考えると、もう来られないこともあるか・・・・・・・と考え、まだ行ったことのない場所をくまなく廻る算段。

 上甑島と中甑島はすべて廻っているが、下甑島の観光スポット《ナポレオン岩》のある瀬々野浦や、下甑島の秘境と言われる内川内、そして島の集落らしさを一番残す鹿島地区へは行ったことがありません。
 つまりは砂浜が無いのでキス狙いの私には縁のない場所だったわけです。



 (島の裏側、瀬々野浦にあるナポレオン岩)

 しかし、同じ甑島列島でも上甑島と下甑島では山の険しさが大きく異なり、手打から片野浦へはともかく、瀬々野浦や内川内への道はよくぞまぁ!といった感じの道が続く。



(瀬々野浦の港、崖には鹿の子ゆりが咲き誇っています)



(6~7月が見ごろと言われるニシノハマカンゾウが、まだ少し花を付けていました)



(片野浦への三叉路に建つ、孤島の野犬像

 いろんな事情で昭和20年ころに絶滅したと言われる甑山犬。
勇猛果敢な性格で、猟犬に育てるには、親犬になるとしつけができないので、親犬の留守に子犬を連れ帰り仕込んだと言われる。

 西郷隆盛が連れた猟犬《ツン》には、この甑山犬の系統だったと言われている。

 私も瀬々野浦や内川内へも山道を走りながら、なんとか密かに生き延びている甑山犬に出遭えないものだろうか・・・・・・・と考えていました。



(文化元年(1804年)10月29日の大火事で鹿島集落の3分の2の家が燃えたおり、半分だけ焼け残った木)

 次の2枚の写真は、ネコ好きの方へ・・・・・・・・。



(気持ちよさそうに昼寝をしている鹿島で見つけたネコちゃん)



(こちらの黒ネコちゃんも、起きているわけではありません、最初から最後までこの格好で寝ていました)

                            


 さてさて、心残りというものできるだけ残さない性格の私、これまで行ったことのない場所を走り回りましたが、下甑島ではまだ一度も竿を出していません。



 3年前に竿を出した時は、クロサギの入れ食いで、キスの姿は見られなかった手打の浜。



(2012年、上甑でもここでも釣れさかったクロサギ)

 この砂浜、潮が引くと真水が少しずつ流れ出ている、こんな砂浜でキスがいない方がおかしい・・・・・・・・と投げました。
 しかし、アタリが少ない、やっとこさで16~18㌢が5匹。
あとはオキエソやクサフグ・・・・・・・、とにかく絶対数が少ない、山陰でこんな砂浜があれば、型はともかくかなりの確率で入れ食い状態になるのですが・・・・・。

 広島からエサを用意していなかったので、活きが悪くてぐったりしているので、早々と釣りはあきらめて手打の武家屋敷などを見て歩きました。



(里の武家屋敷通り同様、手打の武家屋敷通りにも鹿の子ゆりが咲き誇っています)



(ここ下甑島でも濃色の鹿の子ゆりにお目に掛かれました)

 エサも尽きた(のびた)ので、早々と30日の宿、民宿《道》さんへ帰りひとっ風呂!!!!!



(長浜の街にある民宿《道》)



(宿の裏からは、鹿の子ゆりと月の競演も見られました)



(美味しそうだったので、ついつい写真を撮る前にかじってしまいました(^_^;))

 部屋は海の見える2階で、東向き南向き西向きの窓やベランダの戸を開けて寝ましたが、風呂上り以外はエアコン無しで涼しく寝ることができ、もう何日か泊まりたいほどでした!

 翌朝、ベットから朝日が昇るのが眺められました・・・・・・・・・。



 











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2015/08/05 12:14 | 遠征のお話・思い出

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