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石見地方万葉の道を辿る・・・・。
 先日、14~15日と石見地方東部の大田市方面にキス釣りに出かけました。

 最初に目指した場所は、思いのほか歩くような(それも急坂を)ので、あきらめて気にはなっていたが一度も訪れたことのない【静之窟しずのいわや)】に行ってみました。

 ここ静之窟は、その昔国造りのおり、大国主命と少彦名命が仮の住まいとしたとされていて、万葉集には『大汝少彦名のいましけむ 志都の石室は 幾代経ぬらむ』と生石村主真人(おいしのすぐりまひと)によって詠まれています。



(島根県大田市静間にある、静之窟。左の護岸脇に鳥居がありますが、そこが静之窟です)


 言い伝えでは、この窟の前には、【滝の前千軒】といわれる集落があったそうですが、明暦二年の大津波で一瞬にして没したとされています。

 夕方から釣り、翌朝も10時前まで釣ったのち、知人のお奨めの島根県美郷町にある【潮温泉】を目指しました。

 琴ヶ浜から国道9号線を仁万まで帰り、県道31号線を南下して世界遺産の【石見銀山】で知られる大森の町を右手に見ながら通り過ぎ、氷上から県道186号線を別府まで。

 ここから国道375号を潮温泉を目指していると、【湯抱温泉】があり、そこには歌人の斉藤茂吉が、柿本人麻呂の終焉の地とさだめた【鴨山】があり、入り口には【鴨山記念館】なるものが建てられている。



 (鴨山入り口にある記念館)

 鴨山とは、万葉の歌聖といわれる【柿本人麻呂】がみまかる時に詠んだ自傷歌、『鴨山の 磐根し枕ける われをかも 知らにと妹が 待ちつつあらむ』に出てくる鴨山。

 鴨山については、古来数説があり、同じ島根県でも益田市の沖にあって、万寿三年(1026年)の大津波によって水没したといわれる【鴨島】説と、斉藤茂吉が唱えるここ湯抱が有名。
 
 他には島根県内だけで、江津市の神村(かむら)説、浜田市の浜田城があった亀山説に加え、レアなところでは宅野の沖に神社がある島【韓島】説もある。



(神社のある島が、宅野港の前にある韓島)

 そう言えば、先に出た【静之窟】も、もう一説には同じ島根県でも邑南町(旧瑞穂町)の山中に【志都の岩屋】説があるからややこしい・・・・・・。

 大好きな歴史について語っているうちに、お話がかなり横道にそれましたが、湯抱温泉からさらに375線を走り、美郷町の大和荘【潮温泉】に浸かりました。

 その後、国道375線を宇都井まで走り、そこから県道292号線を阿須那に出、県道7号を少し走り、途中から大きな農道を通って、国道261号線に出て帰りました。

 本当に【道を遊ぶ】のは楽しいものです・・・・・・。
飛躍した話になりますが例えば、日本の歴史は【魏志倭人伝】に出て来た倭国からのように思われ勝ちですが、それ以前でも文字が無くても、他国の言語に比して優れた言語はず~っとそれ以前からあり、確実にわが日本には歴史があったということなんです。

 どんな山奥のちいさな【才の神様】にも、崩れて草に埋もれた石垣にも、本や説明書きには出ていませんが、確実にそこの歴史や文化を育んできているのです。
(※才の神様とは道祖神とも言われ、集落の入り口にあって、他郷から疫病などが入るのを防いでくださる神様です)

 そう考えながら、表舞台に登場することのない、地方に埋もれた歴史や文化を想像したり、さぐっていくのは本当に楽しいものです。

 釣りという素晴らしい趣味に出会い、ついでに大好きな温泉に浸かり、地方の歴史・文化に親しめる・・・・・・。
人生が楽しくて楽しくて仕方がありません。
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2011/07/19 20:41 | キス大スキ!!

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