忍者ブログ
釣りはまたじっくりと・・・・・・・。

  標高938mの8合目にある12番札所焼山寺、3月27日午前6時30分、辺りにはピーンとした空気が張り詰めている。
駐車場の片隅には3月終わりだというのに、厚さ50㌢いちかい残雪が残っている。

 かってこの山には火を噴く大蛇が棲んでいたが、弘法大師が虚空蔵菩薩のチカラを借りて大蛇を封じ込めた・・・・・との伝説が残る。
 その霊気だだよう参道に一人歩を進める私の耳に、木立の中から異様な音が。
一瞬たじろいだが、やがてその音がアカゲラなのか?キツツキの仲間のドラミングだと分かる。



(焼山寺の樹齢数百年の老杉の前で、カメラを首から下げた、なんちゃってお遍路)

 車で、それも後半はスタンプラリー状態で廻ったにわかお遍路ですが、道中あちこちでたくさんの歩き遍路の方々をお見かけしました。

 全行程を歩くと通常足腰の達者な人でも40日前後は掛かるとのこと。
いろんな思いを抱いて暑さ、寒さ、雨などに耐えて歩き続けているのでしょう。



(養殖イケスのブイが浮かぶ海沿いを歩くお遍路さん)



(お遍路には菜の花が似合うと言われますが、かなり暑そうです)



(59番国分寺前で見かけた若い僧形風の歩きお遍路さん、荷物の重みに耐えかねているのか、とてもしんどそうな表情でした)



(急坂続く60番横峰寺への途中で一休み)



(62番宝寿寺門前で見かけた歩き遍路さん)



(23番薬王寺境内で休息中のお遍路さん)



(27番神峰寺のまっ縦と呼ばれる急坂を登って、山門までたどり着いたお遍路さん)


 それにしても、車でお参りもそこそこに廻っても7日くらいは掛かるのに、歩いてお参りして40日前後とは驚異的ですね・・・・・・。
 単純計算でいっても、車の6分の一の速さで廻っていることになるのですから・・・・・。

 また先日のブログで書きました中務茂兵衛さんの時代、明治・大正期はトンネルも橋もそこまで整っていないので、現代の歩き遍路さんよりもっと距離が長く難渋したことでしょうね。

 なんやかんやで室戸岬を廻り、29番国分寺から打ち始めた私にとっては、最後の札所となる南国市の大日寺には納経時間を4分過ぎた17時4分に到着しましたが、やさしいご住職さんのおかげで88すべての墨書とご朱印がいただけました。



(納経帳左ページが打ち始めた29番土佐国分寺、右が最後の28番大日寺の墨書とご朱印)

 下の赤い御影は、四国88ヶ所霊場開創1200年を記念していただける。

 お寺に入ると、さっさかさ~と本堂だけにお参りして納経していただいている人。
 旦那さんだけがお参りして、奥さんは一目散に納経所へ。
「どっちにお参りする?」「どっちでもいいよ」とお大師堂だけにお参りして納経所へ行く人。
 春遍路 歩きスマホで なに悟る と思わせるような人も。
 
 などがいて、お遍路の途中では、何度もグチをこぼしましたが、帰ってくると「まぁいいか・・・・人それぞれだから」と思うようになりました。

 29日は、念願の高知日曜市を廻り、ぷりんへのおみやげにイチゴを買い、漬物やお鮨、タケノコ、野生ランのエビネやセッコクなどしこたま買って帰りました。



(この寿司がうまいんです!タケノコ、ミョウガ、こんにゃく、サトイモの茎)



(買って帰ったセッコクの黄花素心と覆輪葉のピンク花)



(今日から雨続きの予報、昨日は散る花を惜しんで愛犬ぷりんと私のお墓に行ってきました。お墓からは満開の桜や広島市街地が見えます)

 お遍路の合間に釣りを・・・・と考えていましたが、釣りはまたじっくりと時間を掛けて行きたいと思っています。

 あちこちで花見ガレイが好調のようですね。
でも山陰のカワハギか、春ギス狙いにいきたいなぁ~・・・・・・・・・。

 



PR

2015/04/02 16:53 | 四国遍路
なんダカラリー・・・・・・・・・。

 2月13日のブログで、四国遍路の大先達周防大島出身の《中務茂兵衛》のことを書きました。

 今回幸運なことに、愛媛県西条市にある64番前神寺で、その中務茂兵衛が建てた道しるべ石にお目にかかることができました。
 歩き遍路ならもっとたくさん見つけることができるのでしょうが、車遍路ではなかなか困難で、このときはたまたま駐車場への道を間違えたお陰で見つけられたのです。



(前神寺の境内で見つけたしるべ石、私の釣りのホームグランド周防大島の文字が嬉しいです)


 さてお遍路五日目、25日の朝は5時30分のモーニングコールより早く目が覚めました。
6時過ぎには松山インターへ・・・・・・・、四国自動車道三島川之江インターまで走り、愛媛県最後の札所65番由霊山三角寺へ。
 江戸時代の俳人、小林一茶がここの山桜を見て「これでこそ 登りかひあり 山桜」と詠んだといわれる石段をふうふう言いながら登りました。

 続いて香川県に入り、66番雲辺寺、67番大興寺、同じ場所にある68番神恵院、69番観音寺と廻り、70番本山寺、71番弥谷寺へ・・・・・・・・、個人的にはこの弥谷寺が一番きつかったように思います。



(こんな急な階段がず~っと続きます)



(弥谷寺の階段下にある俳句茶屋、ヤマガラがひまわりの種をついばみに何度もやってきます)

 72番曼荼羅寺、73番出釈迦寺、74番甲山寺、75番善通寺、76番金倉寺、77番道隆寺、78番郷照寺、79番天皇寺、80番国分寺、81番白峰寺と廻ってくるといささか疲れてしまいました。

 四国の西南部はそこそこ市場巡りや寄り道をしました。
当初はこの辺りは28日の日曜日に廻るつもりでしたが、ついつい早足になりこのままでは中途半端な水曜日くらいに高知県まで到着する。
どうせなら予定を早めて廻りきることにしょうと考えたわけです。

 まるで《パリダカラリー》ならぬ《なんダカラリー》状態で、ドライブお遍路の本とカーナビとを駆使して走り回りました。

 その焦る気持ちがそうさせたのか?白峰寺に金剛杖を忘れたまま、次の札所82番根香寺に行ってしまいました・・・・・・。

 お大師さまの代わりと言われる金剛杖、おろそかにはできないのでまたぐにゃぐにゃ山道を引き返す羽目に(往復30分以上のロスタイム)。
 25日は83番一宮寺で打ち止めとなりました。

 私は【投げ釣り列島縦断】の本にも書きましたし、ブログでも広言していますとおり、(笑われるかもしれませんが)幽霊とUFOが怖いんです。
その私が!!!!!26日の朝一に84番屋島寺にお参りするため、屋島山頂の駐車場で野宿(車中泊)を覚悟したのです。
 駐車場から50~60mのところには《源平合戦》のおり、血刀を洗ったら池が真っ赤に染まったと言われる「血の池」などがあり、平家の亡霊が出ないか・・・・・・と思いつつ。

 幸い亡霊と出会うことなく朝を迎え、納経所の開く7時ジャストに納経していただき、次の85番八栗寺へ。
 ここは車では入山できず、ケーブルカーを使用。



(八栗寺参拝のケーブルカー、正面右手に見える屋根状の山が屋島)



(五剣山を背後にして建てられた八栗寺) 

 86番志度寺、87番長尾寺と廻って88番の大窪寺に。



(結願の寺88番大窪寺)

《巡打ち》と言われる、一番霊山寺から順番に打って廻った人は、ここが結願の寺となり、多くの方々が「結願証明書」(有料)をいただいているが、私は29番から打ち始めたのでまだまだ先が・・・・・。

 本来ならば私のように途中からの区切り打ちの人間は88番の次は一番から・・・・・・となるのでしょうが、私は一山越えたところにある10番切幡寺、9番法輪寺、8番熊谷寺、7番十楽寺、6番安楽寺、5番地蔵寺、4番大日寺、3番金泉寺、2番極楽寺そして1番霊山寺と廻る。



(5番地蔵寺にある、樹齢800年と言われる大銀杏の木の下で般若心経を唱えている人たち) 

 さらになんダカラリー中の私は、吉野川を渡って17番井戸寺、16番観音寺、15番国分寺、14番常楽寺、13番大日寺と早足で打ったあと11番藤井寺で納経所締め切りの17時を迎え、翌日の11番焼山寺への便宜上神山温泉へ。

【グルメのお話】

 29日に高知日曜市でタケノコを買って帰ったので、昨日はタケノコご飯を炊きました。
タケノコご飯と言えば《木の芽》が欠かせないので、家の裏の通路に植えている山椒の葉を摘みに。

 ここでびっくり、まだ葉っぱがあまり大きくなっていません、それもそのはず近在で採れたタケノコなら山椒もそれ相応に大きくなっているでしょうが。
 タケノコは一足早い春がきている高知県でかったのですからね・・・・・。



(まだ2~3㎝にしかなっていない、わが家の山椒の葉)

 今日4月1日はおふくろの108歳の誕生日。
愛犬ぷりんと誕生日祝いに行きました。



(花瓶の向こう、母の枕元には私が88か所でいただいてきた納経帳があります)

「母と私にご縁のある方々みんなが健康で長生きができますように」と「私の心臓が良くなりますように」とすべてのお寺でお祈りしましたので、母も当分死なれないと思います(^_^)/

















2015/03/31 20:14 | 四国遍路
つかの間の竿出し・・・・・・・。

 日本には、現存天守閣を残すお城が12あります。
そのうち4つが四国にあるのです。
 その中の一つが宇和島城天守閣です(あとは松山城、高知城、丸亀城)。

 いつかは登ってみたいと思っていたので、この機会に・・・・・と、愛南町の40番観自在寺を打ったあと宇和島城に。



(現存天守閣のひとつ宇和島城天守閣)

 城内は自然がよく保たれていて、いろんな植物にお目にかかれました。



(あちこちに咲いていたサトイモ科のムサシアブミ)

 その後、41番龍光寺、42番仏木寺、43番明石寺と廻ったあと、西予市にある古い町並み《卯之町》へ。
 屋根瓦もユニークなものがたくさん。





 古い町並みによく似合う、こんな風景にもお目にかかれました。



(孫をおんぶしたおじいさん、町ではあまり見られないほのぼのとした情景でした。)


 開明学校は月曜日が休館日ということで中には入れず。



  卯之町から県道30号線を下って、思い出多い三瓶町へ。
この三瓶湾は、私が全日本サーフに入会して2年半もの間釣ることができなかった、27㌢オーバーのシロギスを1974年7月21日に釣った思い出の場所なのです。

 最近は年に一回程度ですが、三崎のカワハギ狙いとともにここ三瓶ではキュウセンべラを狙って釣行しています。
 その折のもう一つの楽しみは《みかめ潮彩館》で大好きなかんきつ類をしこたま買い占めることです。
定休日の水曜日は避けて火曜日に・・・・・・と思っていましたが、意外と早く廻れたので23日に月曜日に到着。

 なんとぉ!!!!!「24日火曜日は職員研修で休み、水曜日は定休日」との貼り紙が!
 当初の予定は定休日前の火曜日に・・・・・でしたが、臨時休刊日で大がっかりするところでした!!



(さっそくお遍路の効果が出たのでしょう!大好きなかんきつ類が買えた、《みかめ潮彩館》全景)

 この日は強風のため竿は出さずに三瓶泊。

 
 朝8時から釣りはじめるが、狙いのキュウセンベラは釣れず、シロギスの20~24㌢がほぼ入れ掛かり。



 キープしてもどうしょうもないので、釣ってはリリースするが8匹目を釣った時点でかわいそうになりわずか一時間あまりで納竿とし、高知の岡林釣具で買った石ゴカイ50㌘と、宇和島のフジモト釣具で買った青ゴカイ1500円は海へ・・・・・・。

 三崎まで30km足らず、早くから飛ぶツバメが見たいので行ってみようかな・・・・・とも考えたが、細めのホンムシは持参していないので、八幡浜経由で大洲を目指す。



(今では橋が二重に架かってしまった、大洲市にある番外札所《十夜ヶ橋》正面の橋の下に寝ているお大師像があります)

 弘法大師さまがこの橋の下で野宿をしたが、一晩が十夜ほどに感じたと言われることからこう呼ばれているそうです。
 そのことから今でもお遍路さんどのような橋を渡るときも、寝ているお大師さまを起こしてはいけないので杖はつかないで渡る決まりがあります。

 嬉しいことに三崎に行かなくても、十夜ヶ橋の下で今年初めてツバメが飛び交うのを見ました。何羽ものツバメが巣を作っていました。

 内子町に到着しました。
 ここには過去3~4回来たことがあり、観光地となっている木蝋で栄えた内子の古い町並みは今回はパスして、《松乃家》での郷土料理「さつま」を食べるため。
 前日に宿毛市の旅館のテレビで、なんとか遺産に登録されました・・・・・と言っていた旭館にも行ってみました。



(大正時代に建てられた映画館の《旭館》)

 明治・大正の街並みよりも、私はこんな昭和風景が好きなんです。
 




 内子町から国道号線を走って久万高原へ。
ここには44番大宝寺と45番岩屋寺があります。



(大宝寺と岩屋寺との中間で休息をとっていた歩きお遍路さん)



(急坂を20分くらいかけて登ったところにある岩屋寺本堂)

 水曜日の夜、松山市に住む古くからの友人と一献かたむける約束をしていますが、もう火曜日の夕方には46番浄瑠璃寺、47番八坂寺、48番西林寺、49番浄土寺、50番繁多寺、そして51番石手寺まで打ち終えて松山市まで入ってしまった・・・・・・・。

 さてどうしよう・・・・・・・・、一日どうやって潰そうか・・・・・・と考え、思いついたのが水曜日は今治市辺りの54番から64番まで打って、また松山市に引き返して残りの52番太山寺と53番園明寺を打ったあと友人と会うことに・・・・・との計画。

 かくして25日の夜は、松山市のワシントンプラザホテルの一階にある《葉月》で乾杯となりました。
 たいそうなご馳走をいただいたのに、ずいぶんお安くしていただいて、これもお接待だとありがたくお言葉に甘えることに。

 翌日のモーニングコールを5時30分に設定して、25日の夜は更けていきました。








 
 


2015/03/30 17:51 | 四国遍路
願わくは・・・・・・・。

 願わくは 
  花のもとにて
   春死なむ
   その如月の望月のころ


 西行法師の和歌ですが、今回の四国遍路二週間の予定を一週間で終えたには、生来のせっかちな性格に加え、愛犬ぷりんに会いたくなったのもあります。

 が、もう一つ大きな理由があります。
お遍路の途中で咲きかけの桜を目にし、72番曼荼羅寺にて2年間を過ごしたといわれる西行法師の和歌が頭に浮かびました。
 そうなると無性にわが家近くの桜並木が見たくなりました。
旅先で見る桜もなかなかおつなものですが、毎年々愛犬ぷりんと蕾の固いころから散り終わるまで、ほぼ毎日眺めている桜に愛着があるのです。

 駆け足も駆け足で廻り、すっ飛んで29日の15時前に無事帰宅しました。



(荷物も降ろさず、ぷりんを連れて桜並木にやってきました、まだ5分咲きなので少しホッとしました)

 今回のお遍路は21日の9時過ぎに家を出て、山陽自動車道~瀬戸大橋~四国自動車道を走って高知南国インターへ。
 そこから高知市~足摺岬~宿毛市~宇和島~西予市~久万町~松山市~今治市~再度松山市~三島川之江インター~香川県~徳島県~室戸岬~安芸市~南国市~高知市~四国自動車道~瀬戸大橋~山陽自動車道を走り、29日15時に帰宅の全走行距離は2201kmでした。



(高知県南国市にある29番札所《土佐国分寺》から打ちはじめました)

 国分寺さんで白衣の背に「南無大師遍照金剛」と書いてご朱印をいただきました。
お寺さんは商売ではないので、金剛杖や笠は門前の売店でしか売っていません。

 続いて30番善楽寺、31番五台山竹林寺へ。
この竹林寺境内には、高知県出身で日本の植物分類学の草分け、牧野富太郎博士を顕彰して作られた《牧野植物園》もありますが、境内にもいろんな珍しい植物があり、私など一日いても退屈しないのですが、今回は88か所巡りが主目的なので先を急ぎました。

 32番禅師峰寺、ここはみかん畑の狭い道を走り登るようで大変ですが、登ってみると桂が浜などが一望できます。



(禅師峰寺から見た土佐湾、写真中央辺りが桂が浜)

 桂が浜や竜馬さんの銅像には何度も訪れているので、今回は88か所巡りに専念して33番雪蹊寺、34番種間寺、35番清瀧寺、36番青龍寺と廻ったところで17時(納経時間締切)となりました。

 翌22日は今回の楽しみの一つ《高知日曜市》巡り。



(食べ物はもちろん骨董、刃物、植木などありとあらゆるものが並んでいます)



(おいしそうな漬物の数々)

 しかし、まだまだ先があるので日持ちのしないモノなどは購入できず、楽しみは半減状態・・・。

 その後も市場巡りの好きな私は、37番岩本寺を打つ前に中土佐町久礼にある《久礼大正町市場》に。



(レトロな看板がたまらない久礼大正町市場)



(通りにはいろんな露店も並んでいます)



 今回どうしても訪れたかった小矢井賀の浜に来ましたが、お堂はみつかりません。
第一村人と第二村人に聞きましたが、一人は「お堂なんかない」、もう一人の人は「昔は漁師が祀りよったが、最近は行く人がいないから入り道がわからん」とのこと。

 今、車が停まっている場所も元は山で、道路などなかったので探しようがないし、先も急ぐので一時間くらいで小矢井賀を後にしました。
 あっ!釣りの方ですが、先に砂浜で二人ほど竿を出していましたが「さっぱり・・・」とのことなので、高知市内で買ったゴカイはそのままクーラーから出さずじまいに・・・・・。

 窪川にある37番岩本寺のあと、足摺岬にある38番金剛福寺へ。



(金剛福寺駐車場にいた猫、のんびりした場所なんですねぇ・・・・・)



(足摺岬の灯台)

 当初は、土佐清水市の商人定宿を舞台に書かれた、田宮虎彦の小説《足摺岬》に登場するような宿を期待して土佐清水泊を予定していたが、ずいぶん早く廻ったので宿毛市の39番延光寺参道に看板のあった宿を予約。

 こうしてお遍路+日曜市+昔を訪ねる旅の一日目と二日目は終わりました・・・・・・・。

























2015/03/29 17:26 | 四国遍路
八十八ヶ所打ち終えました!
昨日は屋島寺から打ち始め、香川県最後の札所大窪寺を打ち終えて、徳島県に入りました。
焼山寺近くの神山温泉に浸かり、疲れをとったあと一泊。

今日は6時に神山温泉を立ち、焼山寺へのぐにゃぐにゃ急坂を登りました。
納経所は7時からとなっているのに、開いたのは7時20分(-_-;)この20分が後々大きくひびくことに(>_<)

続いてまたまた山登りで鶴林寺へ。
西中国山地を渓流釣りや山菜採りで走り回り、ダートコースに慣れた私でもイヤになるくらい(>_<)
次の太龍寺は、往復2,450円(だったか?)少々高くてもロープウェイを利用。

高知県に入って室戸岬の最御崎寺(ほつみさきじ)へ。
以前ブログに書いた日沖漁港は、風が強いしエサは用意していないしあきらめて写真だけを…。

さぁさぁ、最御崎寺はなかったものの、薬王寺から津照寺、金剛頂寺、神峯寺とものすごい階段続き(>_<) 男坂、女坂と厄年の数ほどあったり…、べつに二つなくてもオカマ年でもよかろうに…とバチ当たりな独り言。


今回、29番札所国分寺から打ち始めたので、最後は高知県の大日寺で打ち止め。
カーナビの到着予定時間を見ると、17時前後と刻々と変わる(汗)
逸る気持ちを抑え、車を走らせたが大日寺の駐車場に着く前に17時の時報。

焼山寺の住職が定刻どおりにやってくれていたら、十分間に合っていたのに!とグチが出る。

あれでも…と息を切らせて走り上がり納経所に。
ちょうど「17時で終了しました」の札を出したところ。
「お願いできませんか!」との言葉に「いいですよ」と優しいお返事、ありがたいありがたい。

そうなんです!まだ時々不整脈は出ますが、焼山寺の住職のおかげて、目いっばい走ることができたのです。
グチをいっちゃあいけませんね(^.^)


写真は日沖漁港と、八十八ヶ所お遍路を打ち終えた助手席です。




2015/03/28 20:46 | 四国遍路

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]